DAO UTokyo 振り返り
public.icon
from 2024/2/13
DAO UTokyo 振り返り
関連:
/geru/DAO UTokyo経緯と結果
note on DAO UTokyo (2024.2.6-7)|R. Maruyama
今までに参加したアカデミック?な(これをどういう意味にするかは微妙、「学者」としてきている人がいる」という意味ではそうかな)ものは唯一Plurality Research Network Conferenceかな。
以前、DAO Harvardに行こうかなと検討していた時があったが、結局行かなかった
それが日本・アジアでやるということらしい。前回はフォームに入力したら参加できたはずだが、今回は招待制。HiroTaiyoHamada.iconに招待してもらった。
2daysで、東大でやっていた。
会場が小さい。というか席の向きが「the 発表」みたいな感じ。
この時点でクリプトのカンファレンス感はない。自分たちもFtC Tokyoの会場選びで国連大学を選んだが、こういう雰囲気の会場は避けた。
半分以上はアジア人。日本・台湾の人たちは半数以上知り合いではあった。
EFから結構きていた。が、彼らは発表などはせず。
個人的にはEFみたいなものが(彼らはこの言い方をしないが)"プラットフォームとしての行政"と思っているので、「デジタル世紀になって新たなアプローチができるようになった組織・エコシステム・その周辺のガバナンス」みたいな話ならもっと彼らは話せたはず。だし、FtCではここら辺のポジションを聞いて欲しいと思っていたりする
ただ、DAO UTokyo的にはそんな感じではなかったようだ
あんまりどういうカンファレンスにしたいのか、今の時点では分からなかった
と言っても、自分には感じられなかっただけなのかもしれない
例えばPlurality Conferenceに関しては後からわかっていくようなものだった。それこそglenweyl.iconのその後の活動や、アメリカのデモクラシー、それに答えていくテック業界の青写真だった気がする。(Community Notes, pol.is 2.0など。)
やっぱりこれに関しては、業界のリーダーがいるというのが大きいと思う。ちゃんと使われているプラットフォームがあり、それを規制する人たちがいて、そう考えると日本はあんまり良いわけではなかったと思う。自分も含めて、呼ばれた人たちがいるべきではないなと感じることはあった。
テンションで言うと、自分なんかが入れないようなカンファレンスをやってほしい。手の届かないところにあるべきだと思う。(ティム・オライリー特別寄稿:ガバメント2.0―政府はプラットフォームになるべきだ, Gov 2.0的な感じだな)
デフレーミングに関してもよく分からなかった。コンサルやMBAの人は常にフレームワークとか方法論の話をしたがる、具体的な実装物はなんだろう?何を解決したのだろうか?
DAOの定義を話すのも同様
そういう意味で、RulemakersDAOも同じ感じになる気がする。
ガイアックスからきた人間に関しては論外だった。ここは企業の説明会か?明らかにアライメントできてない。英語も中学生レベルだった、発表をさせるべきではなかったと思う。
これを突っ込めないような環境であることも非常に辛い
個人的にはネットワーキングになるようなものもなかった。
FtCではもっといいものを作っていきたい
俺ならもっとうまくできる
追記
どういうのが感動するのかを書いてみるべきだった
2023/7/12 なめ敵会: ものを作っている人たちがいる。ここから会社が生まれたりとかもしたみたいだ。これは結構好きかな、ラボとかはこんな感じなのかな?
2023/4/25 台湾のPlurality?コミュニティのBook Clubへ: こういうのもローカルコミュニティとしてものすごくいいと思う。今回のを権威と言うと、それの反対だ。台湾がいいのはこう言うところだと思っている
FtC・FtC Taipeiとは何か? みたいなメモ#657296ac09c5f200001e946c
台湾の人たちのfacebook投稿は適当なカンファレンスに行くよりも面白い。例えばmashbeanのものはまさにそうだなと思う。結局のところ、単発でやるよりも文脈を繋いでいくことのほうが価値がある。
FTC Taipei に行って、Tokyo の会はどうあるべきかを考えてみる